質問
先日、同居していた父が急逝しました。父の相続人は、母と私と妹の3人です。母は認知症が進行し、数年前から介護施設に入所しています。私は無職で生計の維持は全面的に父に頼っておりました。妹は若い頃に家を飛び出し、以後音信不通です。この度、葬儀代や当面の生活費を捻出するため、亡父の預金を引き出す必要があるのですが、私が単独で行なうことは可能でしょうか。また、引き出す額に限度はあるのでしょうか。
回答
被相続人の預金を誰がいくら相続するかを決めるためには、相続人全員による遺産分割協議が必要です。しかし、相続発生時から遺産分割協議が成立するまで、一定期間を要します。その間に、葬儀費用、被相続人の入院費用、相続債務の支払い、被相続人から生前扶養を受けていた家族の生活費の支弁などの資金需要に、相続預金が全く使えないということになると、かえって遺産分割の円滑な進行が害されます。
そこで、民法(909条の2)は、このような資金需要に迅速に対応できるように、遺産分割前に裁判所の判断を経ることなく、一定の範囲で一部の相続人が預金の払戻ができる制度を設けています。
即ち、相続開始時の預貯金債権の額×1/3×当該払戻を求める相続人の法定相続分(但し、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を上限とします)を、他の共同相続人の同意がなくとも単独で払戻請求することができるのです。
この払戻請求のできる割合は個々の預金債権ごとに判断されます。例えば、相談者の父の死亡時に、A銀行に相談者の父の普通預金が300万円、満期の到来している定期預金が600万円あった場合、相談者は、普通預金については300万円×1/3×相談者の法定相続分1/4=25万円を、定期預金については600万円×1/3×1/4=50万円を、単独で払戻請求をすることができます。
単独で一部の払戻を受けた預金については、払戻を受けた相続人が、遺産の一部を分割により先に取得したものとみなされます。
なお、預金の一部払戻額を、他の相続人分も含めて相続債務の弁済にあてた場合、後の遺産分割協議の際に、他の相続人の同意がない限り、他の相続人分の相続債務弁済額について、当然に精算できるものではなく、第三者弁済による求償権の問題(遺産分割とは別の、弁済した相続人から他の相続人に対する請求権の問題)になることに注意が必要です。