世界初のiPS細胞移植臨床応用でこの加齢黄斑変性症が選ばれたのは、安全上の懸念が少ないからです。iPS細胞の中に目的の細胞に成り切れていない未分化細胞が残っていると、移植後に腫瘍になる恐れがあります。しかし、網膜色素上皮細胞は茶褐色のため他の細胞と区別が容易で、未分化細胞の混入を防げます(間引けます)。万一、腫瘍ができてもレーザー治療で簡単に除去できます。ただし、今後のモデルケースとなるだけに慎重な確認が必要で、移植から1年間は詳細に経過を観察し、更に3年間追跡調査して安全性を検証する予定です。
☆これまでの加齢黄斑変性症治療の流れ
①患者の眼球から色素上皮の組織の一部を切り取り、傷んだ部分へ移植する手術が欧州で実施されています。だが、この方法は眼球へのダメージが大きく、治療成績は芳しくありませんでした。
②04年からは、人のES細胞から色素上皮細胞を作り、安全性などを確かめる実験の研究計画を文部科学省に申請していますが、承認されていません。ES細胞は受精卵から数日発生の進んだ「胚」から、内部の細胞だけを取り出して培養した細胞で、全身の様々な細胞に変化する能力があり、ほぼ無限に増殖します。この方法は「生命の萌芽」である胚を壊して作るため、生命倫理上の問題があるとして、作製や利用は国の指針で厳しく制限されてきました。
③06年にiPS細胞が登場しました。ES細胞とそっくりで、誰からの皮膚や血液などの細胞より作製できます。iPS細胞がES細胞に勝る点は、患者本人、または拒絶反応が起きにくい人の細胞を選んで移植するため、免疫抑制剤をほとんど使わずに済む点です。
☆今回予定される、iPS細胞を使った
加齢黄斑変性症に対する臨床研究の方法
①日本人に多い「滲出(しんしゅつ)型」というタイプの患者6人を選定予定しています。
②患者の上腕部から皮膚を採取してiPS細胞を作製、網膜色素上皮細胞に分化させ、薄いシート状に培養します。
③病変部の異常な血管や上皮細胞を除去した後、シートを直径2ミリに切り取って網膜の下に注射針で移植します。
☆加齢黄斑変性症とは、どんな病気?
加齢黄斑変性症とは、高齢者に多く発症する目の病気で、網膜中央の黄斑部が破壊され視力低下から失明に至ることもあります。脈絡膜新生血管の増殖が進み、黄斑部の出血や 浮腫が原因で黄斑部が破壊されていく滲出型と、黄斑部が徐々に枯れるように薄くなっていく萎縮型の2つのタイプがあり、日本では前者の方が圧倒的に多く、今回の臨床研究の対象となっています。
☆加齢黄斑変性症の症状
①変視症
モノがゆがんで見えます。黄斑部は障害されますが、周辺部は障害されていませんので、中心部はゆがんで見えますが、周辺部は正しく見えます
②視力低下、中心暗点
黄斑部の網膜が障害されると、真ん中が見えなくなったり(中心暗点)、視力が低下します。視力低下が進行すると運転免許の更新や字を読んだりすることができなくなります。通常、視力低下は徐々に進行し、治療をしなければ多くの患者さんで視力が0.1以下になります。萎縮型と滲出型を比べると、滲出型の進行が早く、視力悪化も重症なことが多いです。
③色覚異常
症状が進んでくると色が分からなくなってきます。
☆加齢黄斑変性症を予防するために
①禁煙
喫煙している人は非喫煙者に比べて、加齢黄斑変性症になる危険性が高いことが分かっています。喫煙している人は禁煙です。
②サプリメント
ビタミンC、ビタミンE、βカロチン、亜鉛などを含んだサプリメントを飲むと加齢黄斑変性症の発症が少なくなることが分かっています。加齢黄斑変性症になっていない人にも勧められますが、一方の目に加齢黄斑変性症が発症した人にはサプリメントの内服が強く勧められます。
③食事
緑黄色野菜はサプリメントと同様に加齢黄斑変性症の発症を抑えると考えられています。また、肉中心の食事より、魚中心の食事の方が良いようです。